8月4日~6日広島市で開催された2026年原水爆禁止世界大会に参加してきました

8月4日~6日広島市で開催された原水爆禁止世界大会に宮城県派遣団の一員、宮城のうたごえの代表派遣として参加してきました。 今回、被爆者の方の声で聞くこと自体、大変貴重な経験をさせていただきました。当時の「地獄絵図」を詳細に語られていて、「戦争の惨禍」と「核を許さない」との静かな語り口が耳から離れません。また、私は、舞台で広島合唱団の皆さんと『原爆を許すまじ』を歌いましたが、この曲は、昭和28年第1回原水爆禁止世界大会で歌われたとのことです。 

私が参加した80名の分科会のテーマは「反核平和と文化」。「うたごえは運動」と聞いていた意味を初めて少し理解しました。文集、証言、創作曲、絵に描く行動なども広島の市民の平和運動のほんの一部であり、様々平和のための取り組みが広がり、原爆、平和を継承される方法や原爆症を知ったことで被爆者健康手帳申請につながった方も多くいらっしゃるそうです。特に心に響いたことは、「何をしたらと考えないで、自分がわかる得意分野でやってみれば良い」という助言でした。分科会での班分けもありました。具体的には、平和に関するワークショップ(朗読・作曲・プラカード製作)と発表会で共有もしました。

( 分科会でグループ作曲した「原爆ドームの詩」部分  )

私は、20名参加した作曲班を選択し、うたごえ合唱団の4名(福井、長野、宮城とオブザーバー広島)とで作曲に取り組みました。『原爆ドームの詩(うた)』 石原いっき作詞です。実際、前日に原爆ドームを目の前にして訴えてくるもの。それは、「原爆を忘れないで、平和を伝えていってほしい」と私は受取りました。

(広島平和記念資料館、原爆被害の実相を伝え世界中の人々へ核兵器の恐怖と非人道性を訴えています )

広島平和記念資料館では、佐々木禎子さんの折り鶴に込めた平和と家族への想い。同級生をはじめ市民に広がり碑にされたこと、原爆の実相を学んで平和公園を歩きました。核兵器として落とされた原子爆弾・戦争の悲惨さと平和の大切さをより一層感じずにはいられませんでした。今、世界では イスラエルをはじめ、核兵器使用のおそれが差し迫ってきていると感じています。被団協の皆さまの亡き先輩方、ご存命の方、ご遺族の方、すべての平和への切なる願いが、『ノーベル平和賞』受賞に実を結ぶかたちになった。一方、世界はどうだろうか。日本は唯一の戦争被爆国であるにもかかわらず、今の日本政府は核兵器禁止条約に批准していないどころか非核三原則の見直しを言い始めている。私もまた、歌うことを通じて、戦争反対、核兵器廃絶を訴えていくとともに「平和への願い」を世界中の人たちと共有したこの得難い体験をこの感覚を大事にしていきたいと思う。 報告: M・M  (宮城のうたごえ協議会・仙台合唱団団員)

8月2日(日)、新団員歓迎会と「みんなでつくる歌声広場」合唱の部金賞受賞、今秋の全国うたごえ祭典合発推薦を祝う会を行いました

( 新団員のIさんに入団記念品が贈られました )                  8月2日(日)、宮城のうたごえセンター事務所にてこの7月に入団した新団員Iさんの歓迎会と併せて「みんなでつくる歌声広場(宮城のうたごえ合唱発表会)」合唱の部金賞受賞、今秋に長野市で開催予定の全国うたごえ祭典合唱発表会に宮城県の代表として推薦されたことを祝う会を行いました。歓迎会は、恒例の若星Z☆と団からの歓迎の歌をはじめいろいろな企画で新団員Iさんも感激した様子でした。いつもながら迎える団員としても大きな活力となりました。新団員Iさんの感想: 歓迎会はひとりひとのお顔を観ることができ、嬉しいサプライズもあり、本当にありがとうございました。私なりに頑張ってまいりますのでよろしくお願いします。 

( 団からの歓迎演奏「人生を流れる歌」に新団員のIさん大感激の様子でした  )        又、同日開催された「みんなでつくる歌声広場」では団と若星Z☆の両団体の受賞、合発推薦となりうれしさも2倍でした。団発表は指揮、ピアノ伴奏者も含めて33名での演奏となり、これまでの練習成果を十分に発揮できた演奏となりました。審査員の講評、オーデアンス評のどれも高評価で演奏者としてもとても大きな励みとなりました。      講評抜粋: 第一声からこころをつかまれました。ダイナミクスがすばらしい。すばらしい演奏でした。

( 団発表曲は 「動かぬ心のままに」「世界がひとつになるまで」の二曲でした  )

( 受賞、推薦を喜ぶ若星Z☆のみなさん 、発表曲は「きみ歌えよ」「それもいいね」 )

ここ数年来の新団員を次々と迎えられたことに加え指揮者、伴奏者との協同、個々の団員の奮闘により団の今の到達点があり、いただいた金賞受賞、推薦だと思っています。長野祭典での合唱発表会に向かって、さらに練習に励んでいきましょう。

2026年7月12日(日)第92回市民歌声喫茶、仙台日立システムズホール交流ホールで開催 しました

(ホールいっぱいの方が来てくれました。久しぶりの100人越えでした。)

第92回市民歌声喫茶を仙台日立システムズホールの交流ホール(仙台市青葉区旭ヶ丘)にて開催しました。梅雨模様の小雨の天気でしたが115名の方が来てくれました。

(若星Z☆フルメンバーではありませんでしたが、大好評でした。 )

オープニングは、若星Z☆の「まだ見ぬ星を」、若者らしいすてきなリズムとハーモーニーで喝采でした。オープニングに続く前半はベテランM・Oさんの進行で夏の歌から昭和歌謡、平和の歌ありであっという間の時間でした。当日のアンケートでは、初めて聴いたという方も含めて「折り鶴」がとてもよかったという声が多くありました。

(いつも手話で盛り上げてくれる会場参加者のKさん、ありがとうございます。 )

後半のはじまりは、団演奏「いのちの歌」、指揮者、歌い手のあたたかい気持ちを込めた演奏と若星Z☆のMさんのサインボーカルに大きな拍手をいただきました。

後半は、歌声喫茶の司会は初めてですが、某場所ではベテラン司会者のS・Oさんの進行で1970年代のニューミュージック等の歌を中心に歌いました。ユニークなトークを交えながらのすばらしい歌喫司会デビューでした。また、ダンスナンバー(陽気に生きようこの人生をさ、ぼくのひこうき)も飛び出し、会場のみなさんとともに大盛り上がりでした。ラスト曲は「ふるさと」、会場のみなさん、声も心も一体となり、すばらしい歌声でおわることができました。

(「ぼくのひこうき 」のふりつけは、いつも会場を盛り上げてくれます。 )

(後半司会者S・Oさんの感想)
入団三年目、初めて歌声喫茶の司会をしました。老人施設で演芸イベントの経験はあるものの、対象者も違い、トーク準備もしました。実際はリクエスト曲数が多くたくさん歌うことが課題となったので、すべるようなトークをカットし、曲間の短いコメントを即興でつなぎました。参加者の歌声はもちろん手話サインや踊りもあり、大盛り上がり、楽しんてもらえたなら良かったです。前々日の七夕、ダンス大会も歌声喫茶も良き先輩、仲間に恵まれ、各100名以上の行事に参加、関われたこと、本当にありがたいです。

みなさんで歌った曲
第1部
1.夏の思い出 2.いつでも夢を 3.七夕さま 4.竹田の子守唄 5.蔵王の歌 6.折り鶴
7.死んだ女の子 8.一本の鉛筆 9.城ヶ島の雨 10.おくりもの

第2部
1.虹と雪のバラード 2.翼をください 3木綿のハンカチーフ 4.学生時代 5.やさしさにつつまれたら 6.サボテンの花 7.切手のない贈りもの 8.365日の紙飛行機 9.陽気に生きようこの人生をさ 10.愛燦燦と 11.ぼくのひこうき 12.ふるさと











2026年6月27日(土)-28日(日)東北の歌声フェスティバル(うたこえ交流会)in青森に参加して きました

( みやぎのうたごえは 「どの花もみな」「いのち」の二曲を発表 )

この時期恒例の東北うたごえ交流会(歌声フェスティバル)が青森市で開催され、わが団からは10名、みやぎのうたごえの仲間は28名、東北全県から全体では70名の参加がありました。1日目午後15時20分から各県の発表があり、宮城のうたごえでは田山さん指揮で「どの花もみな」「いのち」の二曲を発表しました。また、若星Z☆は、東北の青年の仲間とともに「みんながみんな英雄」を歌いました。各県とも個性あふれる発表でしたが、特に、山形県の発表曲は、団で今練習している「忘れないよ」で作曲者の武義和さん自身のピアノ伴奏だったこともありうっとり感動の演奏でした。

( 若星Z☆は東北の青年の仲間とともに歌いました )

今回、初の試みのシンポジウム「今日の発表から東北の明日を考る」では、東北うたごえの現状を踏まえ次の貴重な提案がありました。「東北の合唱団は上手であるが、より向上させるためにこの東北交流会を活用した合唱、指揮者講習会が開けないか。また、山形の音楽家武義和さんからは、東北は小規模な合唱団が多い中で小規模なりの合唱曲や各合唱団の強みを活かした取り組みがあるとよいとの提案があり、依頼があれば編曲を手伝うつもりであるとの嬉しいお話もありました。」

(田山さん、ノリノリのギター伴奏でした )

夕方17時30分からはアルコールも入っての「うたう会、第一部」、各県クループや創作グループの発表がありました。仙台合唱団としては、どらごえのYさんとともにYさんの作詩した「ことばを声に」を発表し、大きな拍手をいただきました。各県から作曲の発表がありましたが、特に秋田合唱団員の創作曲「憲法九条このままで」は、今のご時世にもぴったりの曲で楽譜、演奏CDをいただいてきました。

(田山さん、踊っているわけではありません。人間のうたの指揮でーす )

「うたう会、第二部」は、「みんなのうた」「人間のうた」「ケサラ」や「離陸準備完了」「ぼくのひこうき」となつかしい振付ソングも飛び出し、みんなで「レッツ・ゴー・ダンシング」でした。いつもながら、うたごえの持つエネルギーとうたごえの仲間の絆を感じされてくれた素晴らしい時間でした。

( 「ぼくのひこうき」でレッツ・ゴー・ダンシングでした。 )

二日目は、市内の光行寺というお寺で合掌ならぬ合唱講習でした。講師は山形の齋藤儀一郎(サスケ)さん。練習曲は「びろう葉帽子の下で」と「いのちはひとつ」の2曲。讃美歌ではないのですが神聖というのでしょうか、指揮者の後ろには仏像や曼荼羅が並び、線香香る会場で歌う“いのちの合唱”は歌い手の心にも悟るものがありました。とても貴重な体験でした。最後に、交流会通して2025年演奏会CD、DVD12枚お買い上げしていただきました。( 報告:交流会参加者有志 )

 

2027年5月9日(日)開催予定第15回演奏会にむけて、キックオフミーテイング開きました

    ( キックオフミーティング後の意見交換会のワンショット )         6月14日(日)午後4時からみやぎのうたごえセンター事務所にて「第15回演奏会キックオフミーティング」があり、22名の団員とビアノ伴奏者の金子さんにも参加していただきました。ミーティングでは、加藤音楽部長(副団長)からこれまで決まった企画や選曲について、熊谷事務局長からはこれからの日程等の説明がありました。参加した団員からは、企画選曲についての積極的な意見が出されました。最後に田山団指揮者から演奏会の企画内容と取り組む意義についてあらためて説明があり、「当日会場に来られたみなさんと感動をわかちあいましょう」と締めていただきました。短時間ではありましたが参加したみなさんは来年の演奏会のイメージがつかむことができて、みなさん心ひとつになりました。ミーティングで話足りなかったことは、引き続いて開催された「意見交換会」にて、これまでの演奏会DVDを観ながら話し合いを深めることができました。特に「共ににうたう合唱団」の歌い手集めについて、積極的な意見が出されました。当日は、練習に新たな見学者があったこともあり練習に、キックオフミーティングにととても気持ちの高揚した時間を過ごすことができました。  (報告:T・Y)
       

4月21日に亡くなられた団員菅原悟さん( ニキちゃん)を追悼する

(ズンチャン、バンチャンはいつも大うけでした (2017年演奏会より )  )

7年間にわたり闘病中だった菅原悟さん(私達うたごえの仲間はニキちゃんとよんでいました)が亡くなってから早1ヶ月が過ぎてしまいました。1960年代から2010年代までニキちゃんほど長きにわたり仙台合唱団のなかで活躍した団員はいません。時にはソリストとして、指揮者として、また時には力強い言葉で団員を叱咤激励しながら仙台合唱団の中心で奮闘してくれました。そしてニキちゃんは、仙台合唱団から仙台ロシア合唱団の創立や地域のうたごえサークルの指導をはじめ宮城県内のみならず東北のうたごえ運動を牽引してくれました。ニキちゃんは、その人生を通してほんとうにうたごえとうたごえの仲間を愛した人でした。いろいろと指導をいただきましたが、もっともっといろいろ教えてもらいたかった。早すぎる別れに残念な気持ちでいっぱいです。                            団員   山内 敬

(ステージでもいつも力強いうたごえのニキちゃんでした( 2017年演奏会より )  )

長年、一緒に活動した仙台合唱団の団員からも追悼文が寄せられています。

「ヤアー、カマチャン!」 と今でも聞こえてきそうなニキちゃんの声。五十年はとっくに過ぎる古いお付き合い。旧姓で呼んでくれるその声が聞こえてこない。とてもさびしい限りです。ニキちゃんとの思い出は、何といっても「ズン・バン」 を老夫婦で演じたこと。それも私とのコンビは第一号でした。その後、バンちゃんを二号、三号と浮気(?)をして(笑) 、内容も変えて歌い、みんなを喜ばせました。もう一度、第一号として歌いたかったなぁー(涙)。          元団長    太田美佐子

( 2010年の演奏会の宣伝のためにNHK仙台に出演、生演奏しました  )

1997年仙台合唱団「再出発」。私はそこで熱いニキさんに出会った。私が入団したのは2001年の8月。ひとたび練習に入ると、ニキさんの情感の込もった歌唱力にも、音楽表現について団員に熱く語るニキさんにも驚くばかりだった。その存在感は大きかった。演奏会では、『企画、演出、出演=ニキさんのステージ!』が、大うけ。主役“ずんちゃん„のニキさんは、相手役“バンちゃん„に団きっての女優を抜擢。トランプ役で男優も誕生させた。シナリオは、その時々の社会情勢を巧みに取込む手法で笑いを取り、辛口批判は必須。観客の不満をセリフにのせ、楽しませてくれた。1月の市民歌声きっさでは本物の獅子をまといお客様の席を舞いながら練り歩く。仮設住宅訪問では被災された皆様の気持ちに寄り添う進行と、うたごえで涙と笑顔を創る。他の合唱団の活動への参加。ソロ、デュオ活動、地域のうたごえサークルの指導…、うえのかすみ応援団の立ち上げに…、と『うたごえへの情熱』は炎のようにひろがるニキさんだった。 ニキさん、ありがとうございました。お疲れ様でした。ゆっくりお休みくださいね。        元団長 珍田洋子

(被災地へのうたごえ支援、閖上の集会所でのうたう会でした。ニキちゃんは被災地支援活動には必ず参加してくれました。)

5月16日( 土 )に「小林康浩さんありがとうコンサート」をうたごえの店バラライカで行いました

(1部は 小林さんに個人としても演奏や創作でお世話になった3人のソロでした  )

仙台合唱団の指導者、指揮者として天才的な才能を惜しみなくそそいでくださった小林康浩さんが亡くなり、今年の5月16日で6年が経ちました。7回忌の命日にあたり、仙台うたごえの店バラライカで感謝の気持ちを込めて偲ぶ会を行いました。

1部は小林さんのピアノ伴奏により数回にわたりソロコンサートをおこなってきたOさん、家族への思い、保育士としての思いを詩に託し、数々の作曲をお願いし歌ってきたFさん、そして私の「ありがとうソロコンサート」。2部はこれまで小林さんが仙台合唱団のために編曲、作曲をしてくださった曲を聴いたり、歌い合ったり・・・。在りし日の小林さんに思いを寄せ偲ぶ時間となりました。

最後は仙台合唱団のテーマ曲ともなっている「人生を流れる歌」(作詞山本芳恵、作曲小林康浩)を歌い、「新しい歌が生まれ、新しい人生かまた始まる」という歌詞に思いを馳せ、「仙台合唱団は前に向かって進んでいますよ。これからも見守っていてくださいね。」と心の中でつぶやく私でした。         仙台合唱団団長  かとうまさよ

         ( 名コンビのうたもバッチリでした  )

( 最後は、「人生を流れる歌」♪「新しい歌が生まれ、新しい人生がまた始まる」♪ )